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鍼灸って何だろう?

東洋医学における鍼灸の歴史-わが国の鍼灸の歴史

古代から江戸時代

鍼灸がわが国へ伝えられたのは6~8世紀ごろである。仏教の伝来とともに取り入れられ、当時はいわゆる最先端医療として貴族を対象に行われていた。時代が下り、わが国は律令国家(701年、大宝律令制定)となったが、その頃出されたのが「医疾令」である。これは医療関係の法令では日本最古のもので、各医療職に細かい規定がある。鍼灸師は、これになるまでに7年間の専門教育が必要であるなど、相当なレベルにあったようである。

輸入医学であった鍼灸医学は、次第に日本に根付き、日本の伝統医学として独自な発展を遂げていった。984年には、丹波康頼(912~995)により「医心方」が著されたが、これには薬物治療のほか、鍼灸治療についても詳細な記述が見られる。

安土桃山時代には、御園意斎(1557~1594)が金銀で鍼を作り、腹部に鍼をあて小槌で軽く叩いていく「打鍼」を行い、江戸時代には杉山和一(1610~1649)が管鍼法を編み出している。

時代がさらに下ると、漢方がそうであったように次第に中国由来の考え方が衰え、経絡の調整を目的とした内経以来の理論と技法を廃し、症状に応じた経穴の選択を行う経験・実用中心の鍼灸が広がった。

明治時代以降

明治時代に入ると、政府は医師免許制度を導入した。そして日本の正式な医学を西洋医学と定め、漢方や鍼灸については「行ってもよいが、西洋医学を修めなければ免許を与えない」という方針へ転換した。言い方を換えれば、伝統医学を学ばなくとも医師になれるようになり、これを機に伝統医学は一気に没落し、一部の篤志家により細々と続けられるだけになってしまう。

戦後、「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」が昭和22年(1947年)に施行され、教育制度、試験による免許制度、健康保険による療養費の支給制度などが確立され現在に至っている。

なお、使う鍼(はり)についても、わが国では中国と比べて亳鍼が発達し、ほとんどこれが使われている。亳鍼の太さも細く、微妙な鍼の響きを追求する方向に進化しているのが特徴である。灸も、オリジナルの艾灸(有痕灸)から、無痕灸や電気灸などが開発され用いられている。これらの灸は一部市販もされ、鍼(はり)と違って特殊な技術が不要なこともあり、一般の人も自宅で手軽に灸ができるようになっている。

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